意識低めの留学生あれこれ

メンタルのこととか、日常のこととか。

頭悪いコンプの原因が発達障害(ADD)かも知れない

前回の初投稿から、突然話があらぬ方向に行きますがご勘弁を。留学中に起こった、自分にとってかなり大きな意味を持つであろう「出来事」の一つについてです。


人生がスタートしてから早二十一年ほどが経つのですが、思えば長いこと生きづらさを感じながらやりすごしてきました。ハブられて学校が嫌になったり、人間関係を拗らせて貴重な友達を失って病んだり、団体行動が出来なさすぎてまた病んだり、悩みだらけでした。

色々ありましたが、とりわけ凶悪だったのは「頭悪いコンプ」のようなものでした。小学校のころから頭の回転?のようなものが妙に遅く、空気を読むのが下手で浮きがち、忘れ物や失くし物がひどい、指示がないと何をすべきか分からないなどなど、様々な問題を抱えていました。そして最近までの私は、これらの問題がみな自分の「頭の悪さ」に起因するものと信じて疑っていませんでした。

ただ、私は何故か勉学面にはあまり問題がなく、中学受験ではそこそこな中高一貫校に受かり(余談ですが、スクールカースト頂点の子が2人同じところを落ちていたので、2月から小学校卒業までは地獄でした)、大学受験も何故か得意だった英語一つでさらっと受かってしまったので、それが逆にプレッシャーになっていました。勉強はできるのに頭の悪い私。バイト先でも「高学歴だから仕事できるよね〜」とあらぬ期待をかけられる。しかし蓋を開けてみると、いわゆるFランと呼ばれるような大学に通っている人の方がよっぽど仕事ができたりする。それがどんどん私の頭悪いコンプを助長させ、大学に入ってからはちょくちょく「ガチ病み」状態なものに入ってしまい、周囲に迷惑をかけてしまうこともありました。それがまた自己嫌悪に繋がって……。完全に負のスパイラルでした。

 

しかし、ようやく気付きました。自分はADD的要素を持っている人間らしい、と。

まあまだきちんとした診断を受けたわけではないんですが、色々調べてみた限りではほぼ確だろうなあと思ってます。

 

なんで気付いたかと言えば。

きっかけは今年の8月から始まった留学でした。実質人生初の一人暮らしだったのですが、これがまたひどかったのです。帰宅する時に鍵を抜き忘れ、翌日外出時に挿しっぱなしの鍵に気付くという事件が10日間で3回。加えて、この前スマホの入ったコートを失くした(結局未発掘)時にげっそりしながら帰宅すると、追い討ちをかけるかのように全開の冷蔵庫がお出迎え。これらの出来事が全てたった2週間足らずのうちに起こって、流石に異常じゃないかと思いました。

その日のうちに「不注意 原因」「不注意 度がすぎる」「失くし物 多い」などと適当に検索ワードを並べて、色々と調べまくりました。すると出てくるのは大量の「ADHD/ADD」という文字。ADHDに関しては、周囲に何人か居たこともあって元々知っては居ました。ただ、私自身は多動ではないどころかむしろ大人しくしてるのは得意な方なので、自分には全く関係のないものだと思ってました。

しかし、ここでようやく気付きます。「そういやこのセットで付いてるADDってやつはなんぞ?」と。それから、「待てよ、そういえばこれってADHDの多動なしバージョンみたいなやつじゃなかったっけ……?」と、かつてADHDについて調べていた時の記憶を微かに思い出します。もっと早く気付け!という話なのですが、そうもいかないのがADDらしいというか、なんというか。

その後はすぐさまADD自己診断みたいなものをいくつか試し、ADDに関する記事を読み漁り、おそらく自分もその一人であろうという結論に至りました。占いとか血液型診断なんかでありがちなバーナム効果の範疇を明らかに超えて、私は辺縁系ADDのようでした。

 

思い返せば物心ついた時から、

・忘れ物や失くし物、うっかりミスが激しい
☆良くないことがあるとすぐに自分を責めて死にたがる
☆自尊心がやたらと低い
☆周囲の視線を気にし過ぎる
・怒られることを極度に怖がる
☆具体的に指示か見本がないと、何をすればいいのかよく分からない。自分で判断すると見当違いなことをしてしまいがち
・集団の中に入っていけない上に一人遊びが好き
→基本的に一人か、多くても二人行動
☆言葉がきつい、失言が多い/自分の話をし過ぎる、自慢が多い
→和を重んじる女の子たちより、素で居ても浮きにくい男の子たちの輪に入って行きたがった
・話題がすぐに飛ぶ(頭の中ですぐに高速連想ゲームみたいなものが行われてしまい、周りの人たちがついて来られなくなる)
・人の話をちゃんと聞けない。気付くと意識が自分の世界に飛んでしまう
・でも勉強は割とできる

そういう子どもでした。

 

驚いたのは、不注意関連以外の項目に当てはまる点がたくさんあったことです。特に星マークで記した項目に関しては長い間本当にずっと苦しんでいたので、まさか自分の脳にそういうクセがあったとは、と愕然としました。

 

あまりに衝撃的だったので、数日間悩みこそしたのですが、母にSkypeでこの話を打ち明けました。

そこで返ってきたのが、「○○は遊ぶときなんかも、周りをよく観察してから行動するような落ち着いた子だったから、まさかそんなこととは思わなかった」という言葉。やはり私は昔から落ち着いた子で、親からさえも発達障害とは程遠いと思われていたようです。

しかしこの「周りを観察してから行動する」という部分、これっておそらく賢さに起因するわけじゃないと思うんです。周りが何をしているか確認してからじゃないと、自分が何をすべきか分からないんです。かくれんぼをすべきなのか、色おにをすべきなのか、遊具で遊ぶべきなのか。母曰く「他の子は割と好き勝手にやっていたと思う」らしいですが、好き勝手やるということがそもそも私には分かってなかったんだと思います。仮に好き勝手出来ていたとしても、素っ頓狂なことをして周りに引かれるのが関の山でしょう。実際のところ、思い返せる限りですが、自分が何か考えなしに物事をすると大抵周りに引かれていたな、という記憶はあります(苦笑)。

 

またあるいは、ただ単にぼーっとしていただけという可能性もあります。つい最近、小学校の同級生に「エダノはよく授業中とかにぼーっと宙を見つめていたイメージがある」と言われ、驚きつつも納得したという出来事がありました。それから意識してみると、なるほどふとした瞬間に魂が抜けがちなんです。一人でベンチで座っている時もあれば、友達と一対一で話している時にもよくある。

「人の話を最後まで聞けない」というのもADDの特徴の一つらしいのですが、後者の例のような時は当然ながら話について行けなくなってしまうんですね。相手が何か話していても、気付いたら意識が飛んでいて全く関係ないことを考えてしまう。視覚や聴覚から入った情報からの連想(例:カフェで友人と一対一で話している時。「ウェイターさんの制服のデザインすごく凝ってるけど、あれに着替えるの毎回みんな苦労してそう。でもオシャレだから誰も何も言わないのかな。てかむしろあれ目当てで働いてる人も居そう、アンミラみたいなもん?あ、アンミラと言えばこの前品川二郎行ったとき……」みたいなとめどない感じ)だったり、本当に何一つ脈絡のないもの(感覚で言うと夢を見てる時に近い。よく分からないストーリーが目の前で、時には映像込みで勝手に進んでいく)だったりしますが、どちらも無意識に始まり無意識にどんどん進みます。少しグレーゾーンではありますが、これも注意散漫なADD的部分なのかな、と思ったりもします。

 

ところで、このADDというものは、基本的には7歳までには兆候が出てくると言われています。ただ女性の場合には割としっかりしている子が多いから、見過ごされてしまうことが良くあるとか。というわけで、先ほどのぼーっとしていたという部分以外に、果たして幼稚園から小学校くらいにかけてそういう兆候があっただろうか?と少し考えてみました。

そんな時にふと思い浮かんだことがあります。これは私自身の幼少期の話ではないですが、私のバイト先の中学受験塾での話です。うちの塾では、年2くらいで小学校中学年の子どもにマークシート式のテストを受けさせる機会があるのですが、そんなとき必ず一人は問題用紙にマークしちゃう子が居るんですよね。試験前にどんなに丁寧に説明しても、解答用紙に名前をマークさせるところまでは辿り着いていても、試験が始まった瞬間に何故かやらかしちゃう子が。気付くのが遅くなると大問題になりかねないので、我々試験官からすれば「なんで明らかに解答用紙があるのにそんなことするの!?勘弁して!」って感じです。

ただ少し落ち着いて考えてみたときに、それが小さい頃の、はたまた今の私なんじゃないか、と思ったのです。

そういう子って、決してすごく頭が悪いわけではないんですね。むしろ成績は良い子だったりします。ただ、そういうのとは別の次元で、自分が何をすべきかよく分かっていない。問題用紙と別に渡されたその紙が、一体何のためにあるのかなんて考えもしないんです。ただ、問題を頑張って解いていたら、さっきマーク練習で塗ったのと同じような楕円形が目の前の問題用紙に現れたから、何も疑わずにそこを塗り潰してしまう。後から間違いを指摘されて、「ああ、そうなんだ、言われてみればなんかおかしいもんね」とようやく認識する。

全員が全員とは言いませんが、そういう間違いをしてしまう子どもたちの中には、私と同じようなADDの子が少なからずいるのではないかと思います。ADHDの子なら、落ち着きがなかったりしてすぐに分かるんですけどね。

 

恐ろしいのは、こういう間違いを続けていると、自分で判断したり決断を下すのがどんどん怖くなるということ。間違いを指摘された後、「どうしてこんな簡単なことも分からなかったんだろう?」「私は頭が悪いんだ」と自分を責めてしまうタイプであれば尚更です。周囲の人間から怒られたりした日にはもう地獄でしかありません。

おそらく、「周りが何をしてるか確認しないと動けない」というのはこれに起因すると思います。ちなみにですが、こういうタイプの人間は自分に自信が全くないので、とりあえずその場の人に同調することが多くなり、結果的に八方美人になりがちです。

 

さて、月日は経ちもう成人までしたわけですが、大人になった今でも上記の要素はほぼ全て当てはまります(だからこそこうして発見に至ったわけですが)。それに、思春期〜大人になってから新たに気付いたこともあります。

・優先順位をつけて物事をこなすのが下手
・注意の対象がすぐに飛ぶ(この二つのせいでスーパーの買い物が絶望的に下手)
・先延ばし癖が人と比べても酷い
・ちょっとした注意でもすぐに傷つく
・人から判断されることを極端に恐れる
・誰かに見られながら作業をすることが大の苦手

あたりでしょうか。

思えば小さな頃から兆候はあったのかも知れませんが、大人と呼ばれる歳になってバイトをしてみたり、責任を負う場面が多くなったりして顕在化したのではないかと思います。にしても本当に仕事向いてませんねこれ……。

 

***

 

ごちゃごちゃと書いてきましたが、そんなこんなでこの留学中、自分がそういう障害を持っているかも知れないと気付く出来事がありました。これまでの人生がひっくり返るようで、もちろんショックではありましたが、正直なところだいぶ心が楽になりました。

それはやはり、序盤で書いた「頭悪いコンプ」の原因の一つが遺伝子レベルで証明されたことが大きいと思います。小学校から悩んでいたとは書きましたが、頭が良いだの悪いだのという問題は、結局偏差値だ学歴だが重要視される年頃、つまり高校から大学にかけてあたりになると余計意識されてしまうんですよね。いっそ勉強も苦手だったら「私は頭が悪いんだ」で解決していたかもしれないのですが……。でももしそうだったらこうして発達障害の発見には至っていなかったでしょうし、それはそれで恐ろしいかも知れません。

それに、高校から大学にかけてというのはなにかと人間関係が複雑になってくる時期です。当時流行りだしたTwitterで考えなしに発言をして友達を失ったこともありましたし、めでたくできた恋人に「常識がない」「人の気持ち考えてないんじゃないの?」と言われたりもしました。

こういう書き方をすると、今までの自分の過ちを全て障害のせいにしているように見えるかも知れませんが、決してそんなつもりはありません。傷付けてしまった友達や恋人には申し訳ない気持ちでいっぱいですし、ADDであることが免罪符になるとも思っていません。ただ、「何がどうして私はこんなに馬鹿で頭が悪くて、すぐに人を傷付けてしまうんだろう」という逃げ場のない悩み・生きづらさが少し軽くなったことで、それが真摯な反省に繋がっていると思います。「どうして私はいつも……」と言っているうちは結局自分のことばかり考えているわけで、ほんとうの意味で反省できているとは言えないのではないかと思うので。

 

また、今回の発見のおかげで、人生で初めて自尊心というものをほんの少しだけ抱けるようになった気がします。もちろん今まで「自尊心大量発生イベント」のようなものは何度も通過して来てはいるのですが、そこそこの中学や大学に受かろうと、サークルの忙しい役員を必死の思いで終えられようと、それ以外の欠点を埋めるには充分ではありませんでした。何かにつけて自分に自信を持つことを拒んで来た、とも言えます。何故なら、自分は素晴らしい人間だという「判断を下す」ことが怖かったんです。悲劇のヒロインぶりやがって、という意見があるかも知れませんが、物心ついた時から自然とそういう風に考えて生きてきてしまったので、割とどうしようもありません。「判断下し恐怖症」みたいなものです。

 

自分の判断が全くもって見当違いかも知れないという恐れを抱きながら日々生活していくのは、意外とつらいものです。toe風に言えば、私ほど"mania in general"な人間もいないと思います。常に何が「普通」で、はたから見ておかしくないか必死に考えながら生活している。まあ基本的に失敗しちゃうんですけどね。

 

話が少し逸れてしまいました。とにかく、今回の発見を通じて、たとえ信じられないような間違いをしがちでも、失くし物が多くても、集団行動が出来なくても、失言が多くても、それをいちいち思い悩んで毎度ご丁寧に死にたがる必要もないし、それは一旦置いといてまずは自分のいいところを認めてやろうじゃないか、そしてそれは何らおかしいことではない(で、もし自分に非があったならそれからちゃんと反省しよう)!と少しは思えるようになり、自分がADD寄りの人間だと気付けて本当に良かったと思っています。

もしこの記事を読んで「あれ?自分もかも?」と思った方がいらっしゃれば、一度ネットでチェックテストを受けられることをお勧めします(エイメン先生というADDの研究をされている方のサイトには、最新の7タイプ分類に基づくテストがあるので、英語が分かる方は是非そちらで)。
日本語版→エイメン・クリニック式ADD分類チェックリスト:自己診断@千正.com
英語版→Amen Clinics :: ADD Type Test

 

もちろん、やっぱADDで安心した〜終わり!とするつもりはありませんし、もし脳がそういうクセを持っているのであれば、それに付随する問題にどうやって対処していくべきなのかも考えていかねばと思っています。また、数ヶ月後に途中帰国したら、一度心療内科で診断を受けてみようとも思っています。その結果次第みたいなところもありますね。

 

長文駄文失礼致しました。またメンタルの話はぼちぼちしていくと思うので、宜しくお願い致します。
それでは、また。

 

エダノ